王星の雑記帳

その日起ったこと、思ったことなどを気まぐれに綴る雑記。更新は不定期。

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武士道

読書メモφ(・_・ )

『 実際に、日本人には自分の性格の弱点を厳しく突かれたときでさえも、つねに笑顔を絶やさないという傾向がある。
 (中略)
 というのは日本人の笑いには、なんらかの状況の激変によって心の安らかさがかき乱されたとき、もっともひんぱんに心の平衡をとり戻す努力をうまく隠す役目を果しているからである。まことに笑いは悲しみや怒りのバランスでさえある。』

『 克己の訓練は時として度を過ごしやすい。それは思いやりの心を完全に抑えることもできる。素直な性質をゆがめたり、途方もないものに変えることもできる。偏屈を生んだり、偽善をはぐくんだり、ときには情愛を鈍感にさせたりもできる。
 その徳目がどんなに気高いものであったとしても、そのマイナス面や、そのにせものが存在する。私たちはそれぞれの徳目の中にそれ自体のすぐれた点を認め、その理想とするところを積極的におしすすめねばならない。
 そして克己の理想とは、日本人の表現方法によれば、心の安らかさを保つことである。』

『 あらゆる困苦、逆境にも忍耐と高潔な心をもって立ちむかう。これが武士道の教えであった。』

新渡戸稲造 著/奈良本辰也 訳・解説/武士道/三笠書房


*克己(こっき):自分の欲望を抑え、邪念にうち勝つこと。

難解な部分もありますが、個人的に納得するというか、自分に合ったものを感じました。
武士道、克己、いいね。どこまでストイックになれるかを試してみるのも面白いかもしれない。自分の最大の欲望は・・・酒か!?強敵だぜw

この本って、原文は英語で書かれているんですよね。日本人が書いた英文の本を翻訳で読む、ってなんか面白い。
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生きぬく

読書メモ。


「 人間一人この世に生まれ出てくるまでには、どれだけ多くの手間ひまがかかっていることか。ましてや一人前に育つまでには大変なことだ。両親はいうまでもなく、兄弟、恩師、友人、知人、先輩、後輩、袖ふれあった人々-勿論、人間関係ばかりではない、森羅万象ことごとくの手助けを受けて生きているのだ。そのお陰を考えたとき、自分の命は、自分のものであると同時に他人のものでもあるわけだ。

 つまり自分とかかわりあいをもつすべてのものが、自分がそうであるように、相手も自分からなんらかの影響を受けていることを思えば、自分のいのちだからといって決して粗末にあつかうことは許されないことがわかるだろう。

 (中略)

 特にこのように世の中が住みにくくなればなるほど、大切なことは生きることだ。

 なにがなんでも生きぬくことだ。生きて、生きて、生きのびて、もう一度なんとか住みよい世の中にしなければ、ご先祖さまに申し訳ない、子孫たちがあまりにもかわいそうだ。」


実相寺住職 僧 多聞 著/こけの一念みせてやれ/日新報道出版部/P79~80


「私は生かされている」とよく思います。「何故生かされているのか?」と併せて考えることも多いです。
とりあえず、死ぬまでは生きるよ。当たり前だけど。生きてるうちは、できるだけ動くよ。

知識と観察

読書メモφ(・_・ )


「博識者は、人生・生活から学ばず、もっぱら書物から学ぶ。彼は自分の目で見ることができず、自分の頭で判断することができずに、他人がすでに述べたことをひたすらくり返すだけである。この他人とは、長年来の慣習によって認められ公認された"権威者"である。
 これら博識者に共通するのは、何かの問題、何かの事件、何かのドラマに直面したとき、それを自分で分析するのではなく、一冊の本、何かの引用語句を探すことである。それは知識ではなく、一種の悪魔ばらいである。彼らは真のメカニズムを見いだすことにはまるで関心がなく、問題を除去することだけを考えているのである。その問題についてだれかがすでに書いていてくれたら、それでよい。
 この種の人びとは謙虚であることができない。

 (中略)

 真の教養、有益な教養とは、つねに、蓄積された知識と生きた人生の倦むことを知らない観察の総合なのである。」

『フランチェスコ・アルベローニ/他人をほめる人、けなす人/草思社』



本やネットで知った言葉を、意味がよくわからないのに使ってることが結構あったりします。
専門用語とかね。
そういうのは、ほんとの知識じゃないですよね。本から学ぶことでも、ちゃんと理解していれば、自分の知識になるんだろうなぁ。
頭よさげに見せようとか見栄を張ると、自分の言葉で喋れてなかったりする。
私はどれだけ、自分の知識として身につけているだろう。

魂を遊ばせろ

読書メモ的なもの。




 (小学校)高学年から、中学生くらいになると、人間の子供も視野が広がってくる。
 自分は何者か?なぜこの世にいるのか?父や、母は、どういう人なのか?疑問がわいてくる。自分はなぜ学校に行っているのか?何を、何のために、教えられようとしているのか?この宿題をやることにどんな意味があるのか?考えるようになる。
 よし素質をもっている子供ほど、考えてしまう。
 だが、大人はこの疑問に答えない。よけいなことを考えるな。教科の勉強をしなくちゃしょうがないだろうとしかいわない。ここで、子供は大人を信用することをやめてしまう。中学が荒れる原因のひとつはここにある。大人を信頼できない。自分の未来を、信頼できない者にまかせることはできない。
 いまだに不登校はその子供の弱さによるものだと主張するアホがいる。まるでわかっていない。現状は、五十歳以上の人が経験した子供時代とは比較にならないほどの精神的な地獄となっている。こういうアホは、中学へ行って体験学習をすればいいだろう。


 (中略)


 薬は同時に毒でもあり副作用がある。教育にも副作用があり子供に害をあたえることもある。いっそしないほうがいい教育もある。そんな教育からは逃げるのが正しい。
 大人になれば勝手なことができるから、子供時代は塾へ行って勉強だけしていればいいと思い込んでいる人が多いようだ。これはへんだ。どうしてこんな考えに子供がとりつかれてしまったのか?見事に教育されたということだ。実は、私自身が高校生のときまでは、そう思っていた。いまでは、子供時代を損したと思っている。
 子供のときにしかできないことがいっぱいある。それをやらないでくだらない知識をつめこんでいたら、人生そのものを損したと後悔することになるだろう。
 子供はいのちがけで遊べ。魂を遊ばせろ。


『矢玉四郎/心のきれはし(ポプラ社)』*2000年11月 第1刷発行






自分は小・中と不登校だったんだけど、今でもまだ引きずってるところがあるなぁ。
学校に行っていない劣等感だとかさ。
「自分は何者か?なぜこの世にいるのか?」なんて疑問は今でもあるし。そんな疑問を大人にぶつけようともしなかった10代。
学校に行っていないんだからこれくらい我慢しなきゃ。これ以上迷惑かけないようにしなきゃ。そう思ってた10代。
仕事してない半ひきこもりなんだからこれくらい我慢しなきゃ。これ以上迷惑かけないようにしなきゃ。そう思ってる20代。

今月読んだ本67

2012ハロウィン黒紅


久しぶりに描いた絵がこれかい、つって。
黒紅も久しぶりに描いたなぁ。6周年記念以来。イベントの時にしか描かない感じになっているw


リアルでハロウィンらしいことはなんもないです。




ここのところ、あまり本を読んでいない・・・。古本漁りに行くかなぁ。


1.『風の名はアムネジア』菊池秀行 著
・突然すべての記憶を失った人類。地球に何が起きたのか。文明をなくした人類はどうなるのか。読むのは2度目。80年代でこの発想って凄いな。


2.『そして二人だけになった』森博嗣 著
・専門的な用語が多用されているにもかかわらず、それで面白さが減ることはない。まさに衝撃の結末。


3.『女王の百年密室』森博嗣 著
・2113年。神と人と機械と。真犯人はそうだろうなというのがあったけど、ラストはちょっと予想外。

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