王星の雑記帳

その日起ったこと、思ったことなどを気まぐれに綴る雑記。更新は不定期。

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「自分」とはなんぞや

自分自身をなくしさえせねば
どんな生活を送るもよい。
すべてを失ってもいい、
自分のあるところのものでいつもあれば。
    *
「人間の持つものの中で、自分自身に基礎をおかぬ力ほど不安定で、はかないものはない。」

【ゲーテ格言集より】



自分のことは自分がよくわかっている。というけれど、結構わかってないことも多いような気がします。

自分らしさって何?
本当の自分って?

こういう問いは、何も思春期の若者だけのものではないんじゃなかろうか。
少なくとも私は時折考えています。抑鬱状態に陥っている時も、平常時も。

人に「心の扉オープン状態」で接することはまずないです。
けれど、偽って接しているかといえばそうでもない。
見せられる範囲の階層の扉は開いてますよ、的な。
「これ以上は現在立ち入り禁止となっております」階層がちょっと多いだけ。
全てオープンにすることが良いことのような風潮もあるけれど、実際そこまでする必要もないんじゃないかと考える近年。
他人のそんなとこ見たくない、ってのもあるしねぇ。

本当の自分を誰も分かってくれない。
と思ったとき、どの程度までわかってほしいと思っているのだろう。
本当に全てなのか。ある程度まででいいのか。
わかってほしいのだけれど、実際に踏み込まれてこられると警戒したり。

自分が思う自分。他人から見た自分。
ずれを感じることもあるけれど、他人から見た自分もまた自分なんだろうなぁ、と思うようにもなりました。
演じている自分もまた自分。
自分というものは、ひとつではないのか。ひとつなんだけれど、たくさんに分裂しているのか。


裏表のない人物には、本当に裏(隠している部分)がないのか気になる。
本人が意識していないってこともあるか…。

考えながら書いていると、もっと長文になりそうなので終わります(笑)
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人生は苦行だ。

なんて、ついこの間まで言ってたもんですけども。
やっぱり、『楽』がいいなぁ。

気楽に、楽しく。
何物にも縛られず、自分自身を縛ることなく、他者にもおおらか。
かろやかに。ゆるやかに。


やりたいことはないけれど、なりたい自分はあるのかな。

なすべきこと、やりたいこと

『当為(ゾルレン)と意欲があるが、能力がない。
 当為と能力があるが、意欲がない。
 意欲と能力があるが、当為がない。
 即ち、
 なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。
 なすべきことをなし得るが、それを欲しない。
 欲し且つなし得るが、何をなすべきかを知らない。』

ゲーテ格言集より。

*当為=そうすべきである、また、そうあるべきであると要求されていること(もの)。義務。

人は使命を持って生まれてくるというけれど、その使命が何なのかを知らない。
本当は、使命なんてないのかもしれない。それも知れない。

何をなすべきか、私は知らない。
何をなせるか、私にはわからない。
何がしたいのか、それすらもわからない。

酒と抑鬱と不自由な自由

*注記
自分の中のもやもやを吐き出すかのようにつらつらと。
文章を書いている(書ける)ときは冷静です。
とっちらかっているときは、頭の中がごちゃごちゃしすぎて、文章になどなりません。
そういうことで、今はだいぶ落ち着いております。
随筆です。全体公開してはいるけれどあまり読み手のことは考えていない感じの文章です。
一応言葉遣いとか気をつけてますけど、人の鬱気分に共感しがちな方は読まない方がいいかも?
けどこれでも、抱えるもやもやの10%くらいなんだぜ?w
抱える闇は己が思うより浅く、他者が思うより深く。
なんて、ちょっと詩的にw
1番最後にこの注記を書いているのだけれど、長くなってしまったな…そして本文も長い。

* * * * * * *

気が塞ぐ。酒を呑む。頭がおかしくなる。胃の調子が悪くなる。
酒を控える。
気が塞ぐ。酒を呑む。頭がおかしくなる。胃の調子が悪くなる。

気が塞ぐから呑むのか、呑むから気が塞ぐのかわからなくなる。
負のループ。
アルコール依存にまっしぐら。
まだ片足突っ込んでるくらいだけど、油断はならない。
今はまだ酒の味がわかる。飲み続けていると飽きてくる。
飽きっぽい性格が幸いしているのかもしれない。

* *

抑鬱がやってくると、自制がきかなくなる。
普段押さえ込んでいるものが反発するように、欲望がしゃしゃり出てくる。
何もしたくないくせに、何もしないでいると時間が過ぎて行くのが遅すぎて、発狂したくなる。
酒を呑んでただぼんやりとネットをしている。
高揚する瞬間もあるが、すぐに静まる。無表情にモニターを眺める。
早く眠りたいのに、だらだらと酒を呑みモニターを眺め気がつけば深夜。
酔いによる眠りは気絶のようだなものだと聞いた。だらだらと寝たところで疲れは一切とれない。むしろ鉛のように身体も頭も重い。
自己嫌悪に陥る。自分自身に絶望する。どうでもよくなる。
そしてまたぼんやりと酒を呑みモニターを眺め眠りが訪れるのを待つ。
いっそ発狂したくなる。

* *

自由になったはずだ。
数ヶ月前の自分よりは、はるかに自由だ。
選択肢もたくさんある。
けどれ私は縛られている。自由に縛られている。ありすぎる選択肢に縛られている。
不自由さの原因は自分だ。私を縛っているのはいつでも私だ。
私という人間の中にある、一般常識や道徳や親の教え大人の価値観、今まで生きてきた中で植え付けられた種が育ち、しがらみとなって私を縛っているのだ。
このしがらみを断ち切ることができなければ、私は自由を手にすることはできないのだろう。
・・・けれど、不自由の中にいるのは安全なのかもしれない。だからこそ、しがらみを断ち切ることができないのかもしれない。
自由を手にすることは、確たる己になるということなのだろう。
私にその覚悟はあるか・・・?

* * 追記 * *

生きている
ただ生きているというだけでは満足できない自分がいる
何かを求めている
だが何を求めているのか未だわからない

子どもの頃からずっと
心に穴が空いている

* *

我が生は虚ろなるかな

物語を持っているか?

ラクガキ帳を眺めてて思った。
昔は物語を持っていたな、と。
今の僕は、物語を持っているか?

物語。
言い換えれば、想像力かなぁ。
数時間、空想に浸るとか当たり前だったんだけれど。
読んだ本、漫画、テレビ、映画、音楽…色んなものから刺激を受けて、世界を作ってた。
今もたまには空想世界で遊ぶけど、以前に比べればかなり減ってしまった。

空想は、芸術関連にも繋がっていた。
下手ながらも、絵を描き、小説を書き、詩を作った。楽しいからやっていた。
ネットで公開したり、投稿したりしていた当初も、評価はあまり気にしていなかったのだけれど…。
いつの間にか、自分の作り出したものに魅力を感じなくなってしまった。
どれも人真似のようで。ただ上手く書こうとしているだけで、何を表現したいのかわからない。

そういえば最近、あまり自分と対話していない。
メンタル面が安定しているのだと言えなくもないけれど。
メンタルが不安定な時の方が、物語を持っていたのか。
自分を亡くしていくことが、メンタルを安定させることなのか。
そう、社会に適応するためには自分を殺せばいい、と思い続けてきたな。
ならば今、僕は死んでいるのか。昔の僕が死んだのか。
ずっと、自分は活きてはいないと思っていたけれど、今まで僕は活きていたのか。
昔の自分を亡くして、今まで自分は活きていたんだと感じるなんて。何だか面白い。皮肉な可笑しさ。

僕の目論見が成功して、今の自分があるというならば、喜ぶべきか。
しかし僕は寂しい。
死んだ僕の残骸が、澱となっているのか。

物語を亡くしてしまうのは、哀しい。






 『あの頃の僕らが 嘲笑って軽蔑した 空っぽの大人に 気づけばなっていたよ』(砂の果実 歌詞より)

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『時空の狭間』管理人・王星です。
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