王星の雑記帳

その日起ったこと、思ったことなどを気まぐれに綴る雑記。更新は不定期。

支援活動についてとか

なにか書こうと思いながらも、気がつけば時が過ぎ、日が過ぎ、月が過ぎ…。
5月も下旬かぁ。


今週は新たな出会いもありで、人脈が広がった感じではあります。
個人的な出会いではなく、支援活動ありきの出会い・繋がりというか。
支援活動をしている方、支援したい方、支援活動をしている人を支援したい方、そんな人達との出会い。

支援(ボランティア)活動に携わって早10年を過ぎ、生活の一部にはなっているのだけれど。
時折思う。
これからも続けていくのだろうか。それは本当に自分の意思なのか。辞められないから続けているだけではないのか。辞めてしまえば今の繋がりは全部なくなるのだろうか。
一緒に運営しているおっちゃんがリタイアするってなったら、自分はどうするんだろうなぁ。

たまに、「情熱を持って支援活動をしているのだろう」「人のために何かをしたいという思いが強いのだろう」という先入観を持って接してくる人もいるんですがね。
違いますよ。
情熱なんてない。惰性といってもいい。人のためより、自分の成長という部分に重きを置いてやっている。支援活動に全てを捧げる覚悟なんてのもない。迷いまくり。
腹をくくれば、ちったぁ気分的に楽になるのかもしれないですけどねぇ。ぶれまくってんなぁ。
そんな感じなのに、綺麗事言っちゃってる時がある。THE・支援者!みたいな発言をね…。言ってからものっそい自己嫌悪に陥るのだけれど。
自分のこと支援者と思ってないのでね。やれることをどうにかこうにかやっているだけです。


人との繋がりが増えるたび、1人になりたいという思いも強くなるんですよねぇ…。
性分なのか。
10年前より成長はしているけれど、希死念慮はなくならない。

と、ここまで書いて希死念慮について検索して見たらこんな記事があった。
希死念慮が子どもの頃から続く…
たしかになぁ。半ば思考的な癖になってるのかもしれない。他の言葉に変換することもできるのだろう。
まぁなんにせよ、死ぬまでは生きねばならない。
そして自分は、よりよく死ぬために生きている。最期に自分に「よくやったな」って言ってやれるために…。

今はまだ、言えないかなぁ…。
ということで、息抜きしつつ、がんばんべ。
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忙しいわけでもないけれど…

暇なわけでもない。
そんな感じで、いつの間にやら1ヶ月以上記事を書いていませんでした。
もうそんなになるっけ?
何があったっけ?
あぁ、あれだ。今月またひとつ歳を取・・・Lvが上がりましたぞ。パラメーターがアップするどころかダウンしているような気がするけど。ʅ(‾◡◝)ʃ

3月は、ボランティア(支援)活動の助成金の報告でてんやわんやでした。
頭が痛いわー、って思ってたら本当に頭痛がしだしたし。今月に入ってから全然ないもの、頭痛。助成金は貰うまでも、貰ってからも大変さ…。人様のお金だから、責任もあるし。
次に助成受けるときはもう人任せにしない。任せてたら仕事とストレスが増えるだけだわ…。
去年は私も仕事で余裕がなかったから仕方ないんだけども。相方(おっさん)も体調不良で入院したりしてたし。

そう、仕事ね。まだ無職ですわ。
やっと今月から失業保険を満額で貰えるようになったんで、来月くらいまでは余裕があるかな。
というかまた相方が先月から入院しちゃってんのよね。
自分のことも考えなきゃだけど、運営のことも考えなきゃいけない、しかし相方が退院しないとどうにも考えが進まない。ってところで袋小路。
まぁ、やれることはやってます。
メンタルヘルス・マネジメントⅢ種の勉強がひととおり終わったし、資格試験は11月だからそれまでにⅡ種の方もやってみようと思ったのですがね。ユーキャンのが教材改訂中で再開未定なのよね。とりあえず申し込みだけはしといた。
以前放送大学を1年だけやってたから、そんとき取りまくった心理学系の教科書(6教科)を読み返してお勉強中。集中力続かない。学生さんって凄いね。

なんだかんだで、心理学・カウンセリング系にいくのか私は・・・?昔から1番興味のある分野ではあるけど。
仕事は全然別のにすると思う。とりあえずパート希望だし。
パートじゃないと、ボランティア活動してる余裕がないという。スタッフが増えれば話は違ってくるだろうけど。今のところ一緒にやってくれそうな人はいないなぁ…。
人と金。ボランティアするにもこれが重要になってきます。
ちょいちょい思うのだけど、ほんと、大金持ちのパトロンつかねぇかなぁwww

やはり、ボランティア活動メインで考えていくしかないのか・・・?
しかし相方のようにはなれないし、なりたくもないし。
そういやいつの間にか相方と呼んでいる。以前はボスだったのだけど。相手はどう思っているか知らんけど。ボスとするには頼りな・・・げふんげふん。
職場ではないからなぁ。上司と部下というのもないわけで。それなればこそ、運営に携わる者として責任が出てくんのよね。
ボスと呼んでた時は、任せとけばいいやと思ってたなぁ。相方と呼べるまでに自分が成長したということか。そういうことにしておくかw

思わず、長文になりました。
そしていつの間にやら4月も終わるじゃねぇか…( ;゚Д゚) ヒィ

「自分」とはなんぞや

自分自身をなくしさえせねば
どんな生活を送るもよい。
すべてを失ってもいい、
自分のあるところのものでいつもあれば。
    *
「人間の持つものの中で、自分自身に基礎をおかぬ力ほど不安定で、はかないものはない。」

【ゲーテ格言集より】



自分のことは自分がよくわかっている。というけれど、結構わかってないことも多いような気がします。

自分らしさって何?
本当の自分って?

こういう問いは、何も思春期の若者だけのものではないんじゃなかろうか。
少なくとも私は時折考えています。抑鬱状態に陥っている時も、平常時も。

人に「心の扉オープン状態」で接することはまずないです。
けれど、偽って接しているかといえばそうでもない。
見せられる範囲の階層の扉は開いてますよ、的な。
「これ以上は現在立ち入り禁止となっております」階層がちょっと多いだけ。
全てオープンにすることが良いことのような風潮もあるけれど、実際そこまでする必要もないんじゃないかと考える近年。
他人のそんなとこ見たくない、ってのもあるしねぇ。

本当の自分を誰も分かってくれない。
と思ったとき、どの程度までわかってほしいと思っているのだろう。
本当に全てなのか。ある程度まででいいのか。
わかってほしいのだけれど、実際に踏み込まれてこられると警戒したり。

自分が思う自分。他人から見た自分。
ずれを感じることもあるけれど、他人から見た自分もまた自分なんだろうなぁ、と思うようにもなりました。
演じている自分もまた自分。
自分というものは、ひとつではないのか。ひとつなんだけれど、たくさんに分裂しているのか。


裏表のない人物には、本当に裏(隠している部分)がないのか気になる。
本人が意識していないってこともあるか…。

考えながら書いていると、もっと長文になりそうなので終わります(笑)

人生は苦行だ。

なんて、ついこの間まで言ってたもんですけども。
やっぱり、『楽』がいいなぁ。

気楽に、楽しく。
何物にも縛られず、自分自身を縛ることなく、他者にもおおらか。
かろやかに。ゆるやかに。


やりたいことはないけれど、なりたい自分はあるのかな。

なすべきこと、やりたいこと

『当為(ゾルレン)と意欲があるが、能力がない。
 当為と能力があるが、意欲がない。
 意欲と能力があるが、当為がない。
 即ち、
 なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。
 なすべきことをなし得るが、それを欲しない。
 欲し且つなし得るが、何をなすべきかを知らない。』

ゲーテ格言集より。

*当為=そうすべきである、また、そうあるべきであると要求されていること(もの)。義務。

人は使命を持って生まれてくるというけれど、その使命が何なのかを知らない。
本当は、使命なんてないのかもしれない。それも知れない。

何をなすべきか、私は知らない。
何をなせるか、私にはわからない。
何がしたいのか、それすらもわからない。

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